第十二章:教育の破壊(上)

目次

序文

1. 欧米の大学に潜む共産邪霊

  1. 大きく左傾化する大学
  2. 伝統的な学問を共産主義のイデオロギーで変形する
  3. 新しい学問を開拓し、イデオロギーを浸透させる
  4. 急進的な左翼思想の推進
  5. アメリカの偉大な伝統文化を否定する
  6. 西洋文明の古典に挑戦する
  7. 教科書とリベラル・アーツ(人文科学)を占拠する
  8. 大学での「再教育」:洗脳と道徳の破壊

参考文献

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序文

教育は個人の幸福と成長を促し、社会や国家の安定を維持するうえで不可欠な要素である。歴史上の偉大な文明は、常に教育を重視していた。

教育の目的は、人類の道徳水準を維持し、神が与えた文化を保持することである。教育が人々に知識や技術を伝え、社会生活を送る手段を授ける。

古代、教育の高い人物は天を敬い、神を信じ、徳を養う努力を惜しまなかった。彼らは伝統文化の知識に富み、自身が従事する商売に精通していた。仕事に専心し、他人には親切に対応した。彼らは社会の大黒柱であり、国家のエリートであると同時に、文明の保護者でもあった。彼らのずば抜けて優れた人格が神に認められ、恵みを受けたのである。

共産邪霊は人類を壊滅させるため、人間と神の絆を断ち切ろうとした。従って、伝統文化を堕落させることは、邪霊にとって欠かせない計画だった。共産主義は異なる戦略を用いて、東洋と西洋の教育を破壊した。

伝統文化が深く根付いた東洋の国々において、嘘やでっち上げで人々を騙すことは難しい。そのため、東洋では伝統文化を担うエリートたちを肉体的に抹消し、次世代への文化の継承を途絶えさせる必要があった。その後、残った大衆は絶え間ないプロパガンダ(政治的意図をもった宣伝)にさらされた。

一方、西洋文化を誇る欧米は歴史やルーツが比較的に単純であり、共産主義が教育を転覆し、こっそりと社会を汚染させるのに適した土壌であった。実際、中国の若者に比べて、欧米の若者はより深刻に堕落している。

2016年の米大統領選では、多くの若者たちが大変なショックを受けた。メディアによる保守派候補の悪口、選挙前に行われた誤解を招く世論調査などから、大学生たちにとって保守派候補の当選は予想外だった。

ドナルド・トランプが当選すると、全米の大学でおかしな現象が起こった。一部の学生は選挙戦による恐怖、疲労、感情のトラウマを訴え、授業の取り消しや試験の延期を要求した。学生たちのストレスや不安を癒すため、一部の有名大学は粘土や積み木、色塗り、シャボン玉遊びを含むさまざまなイベントを企画した。ある大学では、学生たちに癒しの対象として猫や犬をペットとして貸し出した。また、多くの大学がカウンセラーを設置し、「選挙後の回復」や「選挙後の資源と支援」などを立ち上げた。【1】

通常の民主主義が、自然災害やテロリストよりも彼らに恐怖を与えたのである。アメリカの教育制度が全くの失敗であることが、ここに露呈した。成熟し、合理的であるはずの大学生が、社会の変化や災難に直面し、寛大さが欠如しており幼稚さをさらけ出したのである。

アメリカの教育制度が完全に破壊されたことは、過去数十年間にこの国で起きた最も悲惨な現象の一つである。これは、共産主義による欧米社会への浸透が成功したことを物語る。

この章ではアメリカに焦点を当て、自由社会の教育が共産主義によってどのように破壊されたのかを検証していく。読者は、同じ論理から、それぞれの国の教育制度がどの程度破壊されたのかを分析できるだろう。

共産主義によるアメリカの教育制度への浸透は、少なくとも次の5つの分野に現れている。

若者の間に共産主義のイデオロギーを拡散する。共産主義のイデオロギーが欧米の伝統的な学問に徐々に浸透し、共産主義に由来する新しい科学が、既存の学問に取って代わった。文学、歴史、哲学、社会科学、人類学、法学、メディアなどすべてが、種々雑多なマルクス理論で充満している。「政治的に正しい言葉遣い」(ポリティカル・コレクトネス)が、大学での自由な思想を検閲するようになった。

若者を伝統文化から遠ざける。伝統文化、正統な思想、歴史の真実、古典文学を中傷し、さまざまな学問分野から排除する。

幼稚園や小学校の頃から学業の基準を下げる。指導基準が加速的に下げられ、次世代の若者たちは国語や算数の能力が極端に下がってしまった。彼らの知識は制限され、問題点を見る能力を失った。これらの学生たちが、生命や社会に関する重要な問題について、理論的に、率直な態度で議論することは難しく、ましてや共産主義のでっち上げを見抜くなどなおさらである。

歪んだ概念を若者たちに植えつける。これらの子どもたちが成長すると、歪んだ概念は強固になり、それを認識したり、正したりすることは、ほぼ不可能である。

学生たちをわがまま、貪欲、放縦にさせる。子どもたちを伝統や権威に反抗するよう仕向け、彼らのエゴと権利意識を増大させ、理解する能力を奪う。このような若者は異なる意見に寛大さが欠如しており、精神的な成長も見られない。

共産主義は、この5つの分野において、ほぼ目的を達成したといえるだろう。左翼のイデオロギーが、アメリカの大学の主流である。異なる見解を持つ学者は指導者の立場を追われ、伝統的な価値観を訴えることを制限されている。

4年間におよぶ集中的な教化を受け、学生たちはリベラルや進歩主義の人間になって卒業する。彼らは無神論、進化論、物質主義を何の疑いもなく受け入れる。彼らは狭量で常識に欠けた「スノーフレイク」(異なる意見を持つ人にすぐキレるタイプ)であり、快楽的な生活を送り、自分の行動に責任を持つこともない。彼らは知識が浅く、狭い世界観しかなく、アメリカの歴史についてはほんの少しだけ、あるいは全く知らない場合もある。彼らが、共産主義の主な標的である。

世界から見れば、アメリカは今でも世界有数の教育大国である。過去一世紀に渡り、アメリカは政治、経済、軍事において強国だった。この国が教育にかける莫大な費用は、他国のそれを遥かに上回る。第二次世界大戦の後、アメリカの民主主義と物質的な豊かさは世界中の優秀な人材を呼び寄せた。アメリカのSTEM(科学・技術・工学・数学)教育と専門学校のレベルは、他国の追随を許さない。

しかし、危機は内部から起こっている。STEMプログラムを履修しているのは、アメリカ人より圧倒的に海外からの留学生が多く、その差は年々開いている。【2】これは、全米の小学校、中学校、高校の崩壊が招いた結果である。学習レベルを故意に引き下げ、子どもたちを愚鈍にしたのである。これが、今われわれが直面している現実であり、さらに悪い結果が後で待っているだろう。

第五章で詳述したように、元KGB(ソ連国家保安委員会)のユーリ・ベスメノブ(Yuri Bezmenov)は1980年代初期に、共産主義によるアメリカ浸透工作がほぼ達成していたことを暴露している。「たとえ今から、この瞬間から、新しいアメリカ世代の教育を始めたとしても、現実に対するイデオロギーの観念を正常に戻すには、15~20年はかかるだろう…」【3】

ベスメノブが取材に応じてから、すでに30年が過ぎた。この期間、ソ連と東欧の社会主義が崩壊したが、共産主義による欧米への浸透は、少しもなくなっていなかった。欧米に侵入した共産主義は教育を主な標的とし、照準を定めた。共産主義者はすべての組織を乗っ取り、家庭教育を指導し、歪んだ教育理論と指導法を推進した。

ここで強調しておくが、1960年代以降に大学へ進学した人は、多かれ少なかれ共産主義の影響を受けている。その中でも人文科学と社会科学が最も深刻である。この分野を学んだ人は、知らないうちに教化されている。

故意に共産主義イデオロギーを推進している人間はごく一部である。ここで、われわれは共産主義の目的を暴露する。そうすれば、読者は共産主義の歪んだ思想を認識し、それを避けることもできるだろう。

1.欧米の大学に潜む共産邪霊

a. 大きく左傾化する大学

学生たちが社会主義や共産主義イデオロギーを崇拝したり、フェミニズム(女権拡張運動)や環境保護(後章で詳述する)の影響を受けたりする主な理由の一つは、アメリカの大学の職員の大部分が左寄りだからだ。

2007年に発表された「アメリカ人教授の社会的、政治的な見解」という研究によると、1417人のフルタイムで勤務する大学職員のうち、44.1%はリベラル派であることを自認し、46.1%が穏健派で、保守派は9.2%に留まった。また、公立2年制大学(コミュニティ・カレッジ)では保守派が若干多く19%、リベラル派は全体的に少し下がる傾向がある37.1%。芸術大学では、61%の学部がリベラル派であり、保守派は3.9%と少数だった。また、退職直前の大学職員は、新しい職員よりも、より強固なリベラル派であることが分かった。50歳~64歳の年齢層のうち、17.2%は左翼活動家であることを自認している。さらに、同研究によれば、ほぼ全ての学部が同性愛と堕胎の権利を支援している。【4】

2007年以降に行われた研究も、4年生大学に勤める多くの教授が左派であると結論づけている。経済誌「Econ Journal Watch」は2016年、全米の大学40校の歴史学部と社会科学部に勤める教授に対し、大統領選についてのアンケート調査をした。それによると、回答者7243人のうち、3623人が民主党を支持し、共和党派は314人に留まり、実に11.5対1の割合だった。アンケートに答えた5つの学部のうち、35対1の割合で最も差が開いたのは歴史学部だった。1968年にした調査と比較してみよう。当時の歴史学部教授たちの場合、民主党と共和党の割合は、2.7対1だった。【5】

2016年にした、4年生大学に対する別の調査がある。それによると、歴史学部における政治傾向の差が顕著な州は、ニューイングランドだった。2014年のデータによると、全米の大学や2年制大学に勤める教授のうち、リベラル派と保守派の割合は6対1である。しかし、ニューイングランド州では28対1だった。【6】2016年のピュー研究所の発表によると、大学の卒業生のうち31%はリベラルであり、23%がリベラルの傾向がある。一方、保守的な見解を持つ人は10%で、17%は保守派の傾向があると回答した。また、1994年以降、より多くの大学卒業生がリベラルの見解を持つようになっている。【7】

アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所のセミナーに出席した学者によると、アメリカの社会科学者のうち18%がマルクス主義者であることを自認し、自身を保守的だと思う人は5%である。【8】

米国上院議員のテッド・クルーズ(Ted Cruz)は、自身が通った由緒ある大学の法律学部(ロースクール)について、「(この学部には)自称・共産主義者の方が、共和党派より多かった」とコメントしている。また、「もし彼らに、この国は社会主義になるべきかと質問したら、80%がイエスに投票し、10%は、それは保守的すぎる、と答えるだろう」と述べている。【9】

共産主義は、アメリカに根を下ろした時から、この国の教育制度を侵し始めた。20世紀初頭から、多くのアメリカ知識人たちが共産主義の概念やファビアン(英国の社会主義運動)の変種などを受け入れた。【10】

1960年代のカウンターカルチャー(反伝統運動)は、伝統に反対する多くの若い学生を生み出した。彼らは成長期に、マルクスやフランクフルト学派の影響を受けた。1973年、ニクソン大統領がベトナムから米軍を撤退させると、反戦運動に参加した学生団体も徐々に解散した。しかし、大勢の学生がこの時期に養った急進主義は、消滅しなかった。

急進的な学生たちは、そのまま大学院に残り、社会や文化の学問を選択した。ジャーナリズム、文学、哲学、社会学、教育、文化などである。学位を取得すると、彼らは大学、メディア、政府機関、NPOなど、社会や文化において最も影響力の高い組織に就職した。当時、彼らを誘導したのはイタリアのマルクス主義者アントニオ・グラムシ(Antonio Gramsci)が提唱した「制度内への長征」(the long march through the institutions)である。この「長征」は、西洋文明の重要な伝統を変革するというものである。

フランクフルト学派のヘルベルト・マルクーゼ(Herbert Marcuse)は反抗的な欧米の学生たちから「精神的なゴッド・ファーザー」と呼ばれた。1974年、彼は、新左翼は死んでいないと述べ、「大学で復活するだろう」と宣言した。【11】実際、新左翼は何とか生き延びただけでなく、「制度内への長征」を経て、大成功を収めたのである。ある急進派の教授は、次のように書いている。

「ベトナム戦争の後、われわれの多くはただ文学の世界に這い戻ったわけではない。われわれの多くは教授職に就いた。戦争が終わり、われわれは視界を失った。それはまるで、しばらくの間(別に気にしてもいない人から見れば)われわれが消滅したかのようだった。しかし、われわれには在任期間、つまり本格的に大学を改革する仕事を与えられた」【12】

ロジャー・キンボール(Roger Kimball)は彼らを「終身雇用の急進派」(tenured radicals)と呼び、1989年に同じ題名の本を出版した。この急進派とは、反戦、公民権、フェミニズム運動などに活発に参加した学生で、後に大学に入り、1980年代に教職に就いた人々のことである。彼らは教壇に立ち、自分の政治制度に対する価値観を学生たちに徹底的に叩き込む。その結果、新たな急進派世代が生まれた。

一部の急進派は大学の部門長や学部長を務める。彼らの学究活動は真実を探求するためではなく、学界を利用して西洋文明と伝統を破壊することである。彼らの目的は、自分たちと同じ革命家を育て、主流社会と政治システムを破壊することである。

終身在職権を与えられた教授たちは、自分が所属するさまざまな委員会で絶大な権力を持つ。新しい大学職員を推薦したり、その分野の学問基準を設けたり、あるいは卒論のテーマを決め、研究の方向性を決定したりする。彼らはいとも簡単に、自分のイデオロギーに従わない人間を排除できるのである。この理由により、伝統的な思考に沿って研究する人物は、どんどん排除された。老年期の教授たちが引退した後、そのポストに就いたのは、共産主義に染まった左翼の学者たちだった。

「制度内への長征」という言葉を造語したグラムシ(Gramsci)は、知識人を二つのグループに分類した。一つは伝統的な知識人で、もう一つは有機的知識人である。前者は社会秩序を維持し、伝統文化を担う大黒柱である。後者は、新興の社会層あるいはグループに属し、そのグループあるいは階級に存在するヘゲモニー(覇権を持つ人たち)と闘争する過程で、創造的な役割を果たす。【13】「プロレタリアート」は、有機的知識人を利用して文化を支配し、最終的には政治的なヘゲモニー(覇者)を征服した。

多くの終身雇用の教授たちは、自分たちが現行システムに反対する「有機的知識人」であると認識している。グラムシのように、彼らはマルクスの原理に従っているのである。「哲学者たちは、さまざまな方法で世界を解釈しただけにすぎない。しかし、その要点は、変革するためである」【14】

つまり、左翼にとって教育とは、人類文明の智慧を伝えることではなく、生徒たちに急進的な政治、社会活動、あるいは「社会正義」を刷り込むことである。生徒たちは大学を卒業し、社会人になると、伝統文化に反対したり、破壊的な革命を呼びかけたりして、現行の制度に対する不満のはけ口を求めるようになる。

b. 伝統的な学問を共産主義のイデオロギーで変形する

共産主義国家において、教育の指導要領はすべてマルクス・レーニン主義である。一方、西洋では学問の自由が最優先事項である。一般的な道徳水準や学術の規範を守るのはもちろんのこと、流行りの知識を特別扱いすることは許されないはずである。しかし、1930年代、社会主義、共産主義、マルクス主義、フランクフルト学派がアメリカの大学に押し寄せ、人文科学と社会科学をおびただしく変形させたのである。

アメリカの人文科学を占拠した革命的な論文

ブルース・バワー(Bruce Bawer)は著書『被害者の革命:アイデンティティー研究の勃興とリベラルマインドの終結』(The Victims’ Revolution: The Rise of Identity Studies and the Closing of the Liberal Mind)の中で、ペンシルベニア大学の歴史学者チャールズ・カーズ(Charles Kors)に、アメリカの人文科学に最も深く影響を与えた3人の人物は誰かと聞いた。カーズは3つの書籍を挙げた。アントニオ・グラムシ(Antonio Gramsci)の『獄中ノート』、パウロ・フレイレ(Paulo Freire)の『被抑圧者の教育学』、フランツ・ファノン(Frantz Fanon)の『地に呪われたる者』である。【15】

グラムシはイタリア人のマルクス主義者である。彼については前章で詳しく紹介したので、ここでは省略する。

フレイレはブラジルの教育者で、レーニン、カストロ、毛沢東、チェ・ゲバラを崇拝していた。1968年に出版された彼の著書『被抑圧者の教育学』は、2年後には英語に翻訳され、アメリカ学術界の必読の書となった。

バワーは、教育者ソル・スターン(Sol Stern)の言葉を引用している。スターンによると、『被抑圧者の教育学』は、具体的な教育問題に関心があるわけではなく、むしろ「資本主義のヘゲモニー(覇者)を転覆させ、無階級の社会を実現しようと呼びかける、空想主義の政治パンフレット」である。【16】フレイレは著書の中で、彼の見解を繰り返すだけである。つまり、世界には抑圧者と被抑圧者という二種類の人々がいる。被抑圧者は抑圧者による教育を拒否し、自分が置かれた悲惨な状況を認識し、反乱に目覚めるべきである。

ファノンはカリブ海に浮かぶマルティニク島で生まれた。彼はフランス支配に対するアルジェリア独立運動に参加した。彼の著書『地に呪われたる者』の序文を書いたのは、フランス実存主義者で共産主義者のジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre)である。サルトルは彼の理論を次のように要約している。西洋の植民地支配者は邪悪の体現である。反対に、非西洋人は植民地支配を受け、搾取されていることから、本質的に高貴である。

ファノンは人々に、支配者に抵抗することを主張し、暴力行為を呼びかけた。彼は、個人レベルでは、暴力が浄化の力になると言った。「それ(暴力)は、原住民を劣等感(コンプレックス)、絶望、不活動から解放する。それは彼らを不敵にし、自尊心を復活させる」【17】

サルトルは序文で述べている。「革命の初日から、お前たちは殺さなければならない。ヨーロッパ人を銃殺することは、一石二鳥である。抑圧者と彼が抑圧する全てを同時に破壊するのだから。そこに残るのは殺された男と、自由になった男だ。生存者はそこで初めて、足元にある国家の土を感じる」【18】

グラムシ、フレイレ、ファノンの主張は、歴史と社会を階級闘争という色眼鏡で認識するよう人々を誘導する手法である。心に階級闘争の火がつくと、学生たちは現行の制度に不満を持つようになり、社会問題を解決する方法は反乱と革命しかないと思いこむようになる。

アメリカの大学の人文科学や社会科学に最も強い影響を与えた学者、あるいは学派は何か、という問いについては諸説ある。しかし、マルクス主義、フランクフルト学派、フロイト理論、ポストモダン(脱近代主義のこと。共産主義と共に文化や道徳の破壊を試みる運動)などが、学問の分野を支配していることは確かである。

共産主義理論が浸透する学問の世界

1960年代以降、アメリカにおける文学研究は劇的に変化し、その影響は英語、フランス語、比較文学などさまざまな分野に波及した。伝統的に、文学批評家は古典作品に描写されている道徳や美的価値観を高く評価していた。彼らは、文学が人々の視野を広げ、道徳を向上させ、知性を発達させることを理解していた。実際、重要なのは文学自体であって、評論はただその理解や解釈を助けるためのものに過ぎない。

1960年代のカウンターカルチャー(反文化運動)の時期、哲学、心理学、文化などは大衆的な流行に染まり、さまざまな新しい文学理論が台頭した。この時期、文学と理論の上下関係が逆転し、実際の作品が、まるで現代的な解釈を承認するための資料となってしまった。【19】

これらの「文学理論」の中身は何だろうか?総合すると、それらの理論は伝統的な学問、つまり哲学、心理学、社会学、精神分析学などを、自分たちの歪んだ考えによって滅茶苦茶にしたものである。まさに文学学者のジョナサン・カラー(Jonathan Culler)が述べたように、「理論とはケンカ好きな批判家の、常識に対する概念である。さらに、理論とは、われわれが「当たり前」と思っている事象が、歴史の積み重ねであるとわれわれに思わせようとする試みである。ある理論については、われわれにとってごく自然に感じるため、それが理論であることが分からなくなるくらいだ」【20】

正誤、善悪、美醜の基準は、伝統的な家族、宗教、信仰、倫理から伝えられるものである。しかし、現代の学問はそれらの基準をけなし、逆転させ、破壊し、代わりにポジティブな価値観を持たない邪悪なシステムを作り上げた。

複雑怪奇な学問の扉を開くと、いわゆる「理論」というものが、単なる新旧あわせたマルクス主義、フランクフルト学派、精神分析学、脱構築主義、ポスト構造主義、ポストモダン(脱近代主義)をどれもこれも一緒に混ぜたに過ぎないことが分かる。それらは一緒になって人類文明を破壊し、共産主義が欧米の学問を乗っ取ろうとしているのを覆い隠す。1960年代から、共産主義は文学、歴史、哲学の分野に急速に浸透し、人文科学と社会科学を完全に支配した。

「理論」は、多かれ少なかれ、「批判理論」のことである。それは新しく台頭してきた法律、民族、ジェンダー(性別)、社会、科学、薬学に対する批判的研究である。その普及の程度を見れば、共産主義が学問と教育分野に絶大な影響力を及ぼしていることがよく分かる。学生たちを歪んだ思想で汚染し、最終的に人類を壊滅する道へと誘導している。

文学研究を政治化する

マルクス主義の文学批評家にとって、文学とは文章に内在する価値観にあるのではない。彼らは、上流階級のイデオロギー(例えばフェミニズムや民族など)や、彼らが支配するようになった経緯の描写を気にする。彼らにとって、古典作品に内在する価値観などは存在しない。著名なアメリカのマルクス主義者で文学批評家の人物は公に、「政治的な見方」が、「全ての文学作品に対する絶対的な思考と解釈」を構成すると主張した。【21】つまり、すべての文学作品を政治的な寓意として扱い、文章の奥底にある階級、民族、ジェンダー、性別による抑圧などを読み取った人は、より洞察力があり、有能であるということである。

共産主義国家から来た人々にとって、この種の教義的な文学批評はおなじみである。毛沢東は中国四大名著のひとつ『紅楼夢』を「四つの家族、激しい階級闘争、数十人の人生がある」と評価した。

共産主義国家において、文学論争は常に洗練された象牙の塔で行われるわけではない。それは、時に血みどろの闘争に発展することもある。

明朝の清廉な政治家・海瑞(かいずい)を模範にせよという毛沢東の号令が出ると、歴史家の呉晗(ごがん)は京劇戯曲『海瑞罷官(海瑞の免官)』を書いた。1965年11月10日、上海の新聞社は、呉晗の作品を激しく批判する記事を載せた。記事は姚文元(ようぶんげん)と、毛沢東の4番目の妻・江青(こうせい)、急進的な批評家・張春橋(ちょうしゅんきょう)が計画したもので、「海瑞の免官」が大躍進政策を批判した彭徳懐(ほうとくかい)を暗示していると主張したのである。これが導火線となり、十数年におよぶ残虐な文化大革命が始まった。

中国共産党の文学批評は非常に粗雑であり、すべての作品を階級闘争で解釈しようとする。一方、欧米諸国の大学における文学批評は非常に巧妙であり、それがここ数十年間の傾向である。

欧米の新マルクス主義者の文学批評は、日が経つにつれだんだんと強くなり、半永久的に変貌を遂げるウィルスのようだ。それはさまざまな理論で武装し、人類文明の偉大な作品(古典ギリシャ、ローマ文学、ダンテ、シェークスピア、ビクトリア朝の小説など)を手術台に載せ、切り刻み、再定義した。これらの批評が難解な専門用語を生み出し、見せかけの洗練さを与えるが、その典型的な議論の中身は権利をはく奪された階級(女性や少数民族など)に対する偏見の告発である。

現代の批評家たちにとって、これらの作品は支配階級に属するものである。これらが大衆を麻痺させ、彼らが革命的な階級意識を持つことを阻害していると主張する。イギリスの哲学者ロジャー・スクルートン(Roger Scruton)は、「新文学批評家のやり方は、転覆を図る本当の武器である。人類の教育を内部から破壊し、われわれが文化と繋がるための共感を断ち切ろうとする」と語っている。【22】

マルクス主義のイデオロギー

「イデオロギー」は、マルクスの影響を受けた人文科学の中心的な概念である。マルクスは、道徳、宗教、形而上学のすべてをイデオロギーと捉える。彼は階級社会を支配しているイデオロギーとは、支配階級のためのイデオロギーであって、その中身は現実をそのまま写すものではなく、その逆であると考えた。【23】

20世紀の新マルクス主義者らは、文化の破壊を革命のための大事なステップであると考え、彼らのイデオロギーを文学にたくさん取り入れた。ハンガリーのマルクス主義者ルカーチ・ジェルジュ(Georg Lukács)は、イデオロギーを「虚偽意識」と呼び、実際の「階級意識」とは反対であると唱えた。フランスのマルクス主義者ルイ・アルチュセール(Louis Althusser)は、「国家のイデオロギー装置」という概念を提唱し、宗教、教育、家族、法律、政治、労働組合、通信、文化などすべてが、国家という脅しの装置のもとで働くと指摘した。

イデオロギーには、狡猾な詭弁があることが分かる。すべての社会制度には落ち度があり、それは明確にして正されるべきだが、アルチュセールやその他のマルクス主義者たちは、具体的な問題について全く関心を持っていない。その代わりに、彼らは制度すべてを根本から否定する。その根拠は、つまり現行の制度は支配階級によって作られ、彼らの利益を守るように維持されているからというものである。

井戸の水に毒を入れ、イデオロギーを強化するのもマルクス主義の重要な側面であることは、アルチュセールの複雑なイデオロギー論を見れば分かる。彼らは、ある問題について、事実に基づいた利点を検証するのではなく、あくまでも敵を糾弾することを最重要事項とする。彼らの動機は往々にして、何らかの下心や思惑であったり、背景を分かっていなかったりすることから生ずる。毒入りの井戸の水は飲めないように、特定の人物を噂などで世論がバッシングすれば、人々はその人物を受け入れられなくなる。たとえ、その人物の言っていることが全うで論理的だとしても。

アルチュセールの包括的な「国家のイデオロギー装置」という概念には、共産主義による人類社会への憎悪が現れている。すべてを容認できず、あるのは完全な否定と破壊である。これこそ、共産主義が人類文明を破壊することを目的としていることの現れである。

マルクス主義者のイデオロギーに対する概念は、抽象的かつ一般的で、とって付けたような誤った命題を提示する。その目的は、伝統的な道徳的価値観を排除するためである。彼らは真の目的を隠しながら、見せかけの道徳的な憤慨を表明する。マルクス主義者は大勢の人々を騙し、絶大な影響を与えた。

ポストモダン(脱近代)マルクス主義

1960年代、あるフランスの哲学者たちは、マルクスや共産主義を強力に推進するイデオロギーを発明し、それは後にアメリカへ波及した。ポストモダンと呼ばれる哲学の代表者はジャック・デリダ(Jacques Derrida)、ミシェル・フーコー(Michel Foucault)であり、彼らの影響力は今日まで続いている。2007年、フーコーは文系科目では(2521回)と最も引用された著者である。2番目に多いのはデリダで、1874回の引用があった。【24】ポストモダンとマルクス主義には、目を見張るような関係がある。われわれはそれらをまとめてポストモダン・マルクス主義と定義してしまいがちだ。

言語は時にあいまいで多層的な意味合いを持ち、文章にも異なる解釈があることは、古代ギリシャや遥か昔の中国の頃から認識されている。

デリダが提唱した「脱構築」(Déconstruction)という概念は、無神論と相対主義を入念に混ぜ合わせた欺瞞である。それは言語のあいまいさを誇張し、文章がすでに明確に定義しているにもかかわらず、それをさらに崩していく手法である。

従来の無神論者と違い、デリダは哲学者たちの言葉に対する自分の考えを述べた。その結果、彼の見解は神の概念を崩しただけでなく、理性、権威、伝統的な信仰に基づく言葉を破壊した。デリダに共感した批評家たちが脱構築を引き継ぎ、言葉の意味合いを崩していった。薄っぺらな知識にも関わらず、脱構築は多くの人々を騙すのに成功した。この理論は人文科学の分野に広くはびこり、共産主義が信仰、伝統、文化を破壊するための強力な武器となった。

ミシェル・フーコー(Michel Foucault)は、かつてフランス共産党に入党したことがある。彼の理論は、真理を否定し、権力のみが存在するという主張である。彼によれば、権力が真実を解釈する権利を独占しているため、真理と称されるもの全てが、偽善的で信頼できないものである。彼は著書『監獄の誕生』の中で、次のような疑問を投げかける。「工場、学校、宿舎、病院など全てが監獄に似ていることに驚愕するだろうか?」【26】社会に必要不可欠な機関を監獄と同等視し、これらの「監獄」を転覆しようと人々に呼びかける。まさに反社会的な本質をさらけ出した理論である。

脱構築という手法で武装したフーコーやその他の批評家たちは、全てを相対化して伝統と道徳を侮蔑する。彼らは「すべての解釈は誤った解釈である」、あるいは「真理は存在せず、ただ解釈のみだ」「事実は存在せず、ただ解釈するのみである」という定理にしがみつく。彼らは真理、優しさ、美、正義などの基本的な概念さえも相対化し、それらの言葉を無用なゴミとして吐き捨てる。

人文科学系に進む若い大学生たちはもちろん、権威ある教師たちの授業にあえて口を挟むことはできない。強固なイデオロギー教育の下で、明晰な思考を維持することは容易ではない。ポストモダンのマルクス教育に晒された学生たちが、そこから抜け出して別の見方をすることは難しい。共産主義イデオロギーが、人文科学と社会科学にはびこるゆえんである。

c. 新しい学問を利用してイデオロギー浸透を図る

健全な社会において、女性学や民族学は学問の世界を活性化するものである。しかし、1960年代のカウンターカルチャー(反伝統運動)以降、一部の急進派はこの新分野の学問を利用し、左寄りの概念を大学や研究センターに広めた。

例えば、一部の研究者はアフリカ系アメリカ人を研究する学部が少ないと主張した。本来、その分野の学問の需要が少なかったためだが、一部の人たちは、政治的な圧力のためであると主張した。【27】

1968年、サンフランシスコ州立大学は学生ストライキに遭い、閉鎖に追い込まれた。黒人学生組織の圧力を受け、大学は全米初のアフリカ学部を設立した。主に黒人学生を励ますために設立された学部は、アフリカ系アメリカ人学という特殊な学問を生んだ。偉業を達成した黒人学者たちが全面に立ち、授業の資料はアフリカ系アメリカ人を称える内容に変えられた。数学、文学、歴史、哲学やその他の科目においても、似たような修正が施された。

1968年10月、20人の黒人学生組織メンバーがカリフォルニア大学サンタバーバラ校のコンピューター室を占拠し、キャンパスを閉鎖に追い込んだ。1年後、大学は黒人研究と黒人研究センターを設立した。

1969年4月、コーネル大学の黒人学生たちは管理棟を占拠し、散弾銃と弾薬をチラつかせながら、黒人職員が運営する黒人研究学部の設立を要求した。ひとりの教師がたしなめようとしたが、学生のリーダーは、「3時間しか猶予がないぞ」と脅した。コーネル大学は譲歩する形で、米国で三番目となる黒人研究センターを設立した。【28】

スタンフォード大学・フーバー研究所に所属するシェルビー・スティール(Shelby Steele)は、かつて黒人研究学部の設立に賛成だった。彼によると、大学は常に「白人の罪悪感」があり、黒人学生組織のどんな要求も呑んでしまうという。【29】

同時に、女性学、南米学(ラテンアメリカ学)、同性愛学、などがアメリカの大学に導入され、普及している。

女性学とは何か。性差は身体的な違いから来るものではなく、社会構造から来るものであるという考え方が、「女性学」の前提である。女性は長期的に、男性あるいは父系社会に抑圧されてきたことから、女性学は女性の社会認識を刺激し、社会全体に変革をもたらし、革命を起こそうという主張である。

カリフォルニア大学サンタクルーズ校の著名なフェミニストの教授は、共産主義の家庭で育った。彼女は共産主義者としての経歴とレズビアンであることを公表している。彼女は1980年代からフェミニズムについて教鞭を執り、彼女の性的嗜好は政治認識を高めるためのライフスタイルだと公言するようになった。彼女が教授になった背景には、同じ共産主義者たちからの励ましがあった。彼女は公式声明の中で、「教育は私にとって政治活動なのです」と語っている。彼女はカリフォルニア大学サンタクルーズ校にフェミニスト学部を設立し、【30】講義概要の中で、女性の同性愛は「フェミニズムの最高の形式である」と述べている。【31】

一方、ミズーリ大学の講義は、フェミニズム、文学、ジェンダー、平和などの問題を左翼の立場から研究するようにデザインされている。例えば、隠されたジェンダー(Outlaw Gender)という学問は、性別を「特殊な文化によって製造された人工的な分類」とみなし、自然発生的なものだという見方を否定している。これは、一つの見解を学生たちに植えつける。つまり、性別に基づく抑圧と偏見が、多元的な性認識に対抗するという図式である。【32】

第五章で検証したように、第二次世界大戦の後にやってきた反戦運動は、共産主義の浸透工作によるものである。最近では、平和研究という新たな学問がアメリカの大学に誕生した。学者のデイビット・ホロウィッツ(David Horowitz)とジェイコブ・ラクシン(Jacob Laksin)が、新しい学問に関連する250以上の組織を分析した。その結果、それらの組織は学問ではなく、政治的で、実質的な彼らの目的は左翼の反戦運動へ生徒を駆り立てることだった。【33】

ホロウィッツとラクシンは著書『平和と闘争の研究(仮題)』(Peace and Conflict Studies)をとりあげて、背景にあるイデオロギーを指摘している。彼らによれば、このテキストは、マルクス理論を用いて貧困と飢餓の問題を議論しているという。著者は農場主やビジネスマンを批判し、彼らの貪欲さが何百万人もの人々に飢えをもたらしたと主張する。テキストは表向き暴力に反対しているが、一つだけ、著者が反対するどころか称賛する暴力がある。つまり、労働者の革命に伴う暴力である。

『平和と闘争の研究(仮題)』には、次のように書かれている。「キューバは地球の楽園とはほど遠く、また一部の個人の権利や市民の自由は未だ普及していないが、キューバの例を見ると、時には暴力的な革命がたくさんの人々の一般的な生存条件を向上させることが分かる」。しかし、このテキストは、フィデル・カストロ(Fidel Castro)の独裁政治やキューバ革命の壊滅的な結果について何も言及していない。

「9.11」の後に書かれたこのテキストは、テロについても言及している。興味深いのは、著者がテロリストという言葉に引用符をつけ、テロリストたちに同情しているかのような印象を与えていることである。著者は引用符の使用について、次のように説明している。「『テロリスト』と書いたことに対して、それが自明の理だと考える読者にとっては苛立ちを覚えるかもしれない。われわれがそうしたのは、おぞましい行為を矮小化(わいしょうか)するためではない。われわれは高潔な憤慨を承認することによって、時にはある人間の『テロリスト』が他の人間にとって『自由の戦士』 になりえることを強調したのである」【34】

学問とは、客観的な立場から研究することであり、政治的な目標は避けるべきである。しかし、これら新分野の学問は、イデオロギーを適用している。つまり、女性学の教授はフェミニズムを擁護し、黒人学の教授はアフリカ系アメリカ人が政治的、経済的、文化的に白人から差別され、困難であると主張する。彼らの生存意義は、真理の追及ではなく、イデオロギーに必要な物語を推進することである。

これらの新学問は、アメリカ版文化革命の副産物である。大学に設立された学部は予算要求を繰り返して拡大し、多くの学生を募集し、さらにこの学問を強固にする。これらの新しい分野は、すでに学界に深く浸透している。

しかし、これらの新分野は、共産主義の影響を受けた、邪な意図を持つ人間によって作られたのである。彼らの目的は異なるグループの対立を助長し、憎しみをかき立て暴力的な革命の準備をするためである。彼らは、彼らが支持すると表明した人々(アフリカ系アメリカ人や女性など)とは、実際なんの関係もないのである。

d. 急進的な左翼思想を推進する

ホロウィッツとラクシンは共同執筆した著書『(仮題)一党制教室:アメリカのトップ大学で学生たちを洗脳し民主主義を破壊する急進派の教授たち』(One-Party Classroom: How Radical Professors at America’s Top Colleges Indoctrinate Students and Undermine Our Democracy)の中で、リストアップした12大学で行われている150の左翼的なコースを挙げた。これらのコースは学術的な言語で政治目的を覆い隠しているが、実際には共産主義国家で必修とされている政治コースと類似しているという。

カリフォルニア大学サンタクルーズ校には、「抵抗と社会運動の理論と実践」(The Theory and Practice of Resistance and Social Movements)というコースがある。講義内容は以下の通りである。「このコースの目標は、どうやって革命を組織するかについて学ぶことです。ここでは、コミュニティーがいかに国際的な資本主義、国家の抑圧、民族差別に(これに留まらないが)抵抗し、挑戦し、転覆してきたか、また現在しているのかについて学びます」【35】

イリノイ大学シカゴ校の特別教授ビル・アイヤーズ(Bill Ayers)は、1960年代の急進派であり、また「民主的社会を求める学生同盟」(Students for a Democratic Society, SDS)の分派ウェザーマン(Weatherman)のリーダーとして広く知られている。1969年、ウェザーマンは地下組織に変貌し、米国初のテロ集団に発展した。彼らは急進的な学生を組織し、民族対立を挑発するテロ活動に参加した。

ウェザーマンのグループは、首都やニューヨーク市警察、ペンタゴン、国家警備隊の事務所爆破を企んだ。アイヤーズの有名な言葉がある。「金持ちは全部殺せ。奴らの車とマンションを破壊しろ。革命を家にもたらし、両親を殺せ」【36】。アイヤーズの学術出版物は、彼の経歴を物語る。彼は論文の中で、暴力的な少年犯罪者たちに対する「偏見」を克服しなければならないと主張した。【37】

左翼の進歩主義者たちはFBIの目を欺き、アイヤーズを逃がすことに成功した。彼は1980年代に再び浮上し、法の網をくぐり、刑事裁判を回避した。彼はイリノイ大学シカゴ校で幼児教育を学んだが、政治的な見解は変わらず、自身のテロ活動に対して後悔している様子もなかった。アイヤーズは准教授、教授と順調に昇進し、今の特別教授(Distinguished Professor)という地位に上り詰めた。彼はさらに大博士(Senior University Scholar)という名誉ある称号を授与されている。

アイヤーズが授与された肩書は、学部内の同僚の推薦によるものである。従って、この大学が彼のテロ活動家としての過去を黙認し、支持していることが分かるだろう。

e. アメリカの偉大な伝統を否定する

2014年、テキサス・テック大学(Texas Tech University)の政治に関与する学生たちが三つの質問を掲げたアンケート調査をした。「南北戦争では誰が勝利しましたか?」「誰がわれわれの副大統領ですか?」「われわれの独立はどこから勝ち取りましたか?」の三つである。常識的な質問にもかかわらず、多くの学生が答えに窮した。彼らは母国の歴史や政治について知らなくても、映画スターや自身の恋愛沙汰には非常に詳しいのである。【38】

2008年、大学間研究所(Intercollegiate Studies Institute、ISI)が無作為に行った調査によると、2508人のアメリカ人のうち、政府の三つの部門(三権分立)を正確に答えられたのは半分にとどまった。【39】簡単な公民テスト33題については、回答者のうち71%の平均正答率が49%にとどまり、落第点だった。【40】

アメリカの歴史を学ぶということは、国家が設立された過程を理解するだけに留まらない。それは、建国の基礎となる価値観を知ることであり、その伝統を保持するのに何が必要なのかを学ぶことである。それによって初めて、国民は今日、自分たちが手にしているものに感謝し、国家の遺産を保存し、次世代へ継承しようとするのである。

歴史を忘れることは、伝統を破壊することに等しい。人々が国民としての義務を知らなければ、専制国家が生まれやすい。一体、アメリカの歴史と市民教育に何が起こってしまったのかと困惑せずにはいられないだろう。その答えは、学生が使っている教科書と彼らの教師にある。

有名な著書『民衆のアメリカ史』(A People’s History of the United States)を執筆したのは、マルクス主義者として知られる歴史学者ハワード・ジン(Howard Zinn)である。この本の特徴は、アメリカの歴史に登場する英雄的な行為や啓発的なエピソードはすべて恥ずべき虚言であり、本当は抑圧、強奪、虐殺にまみれた暗黒の歴史であるとする点だ。【41】

ボストンの大学に所属するある経済学教授は、全米が敵視するテロリストは「自由の戦士」であり、アメリカ政府が真の邪悪であると主張する。彼は2004年に出版した著書の中で、「9.11」のテロリストと、1775年にレキシントンで独立のためにイギリス軍に立ち向かったアメリカ植民地軍の銃撃を同一視したのである。【42】

f. 西洋文明の古典に挑戦する

1988年、スタンフォード大学に所属する急進的な学生と教師たちは、西洋文明と称する大学コースに反対するデモを行った。彼らは「ヘイ、ヘイ、ホー、ホー!西洋文明は出ていけ!」というかけ声とともに抗議した。大学側は学生たちの要求に譲歩し、コース名を「西洋文明」から、「文化、概念、価値観」(Cultures, Ideas, Values、CIV)という多文化主義的な色合いの濃い名前に変更した。このコースはホメーロス、プラトン、アウグスティヌス、ダンテ・アリギエーリ、シェークスピアなどの古典西洋文化の代表を排除することはなかったが、代わりに女性やマイノリティー、また抑圧された側の人間による作品を講義内容に含むことを義務づけられた。

当時アメリカ合衆国教育長官だったウィリアム・ベネット(William Bennett)は、コースの変更は脅迫であると批判した。それにも関わらず、多くの著名大学は同様の変更を行い、下位の大学も後に続いた。数年の間に、全米の大学の人文科学(リベラル・アーツ)は大きく変貌した。

保守派のディネシュ・ドゥスーザ(Dinesh D’Souza)は彼の著書『(仮題):偏狭な教育』(Illiberal Education)の中で『(仮題):私の名はリゴベルタ・メンチュウ:ガテマラの中の先住民女性』(I, Rigoberta, Menchu: An Indian Woman in Guatemala)という本を挙げ、スタンフォード大学に生まれた新しいCIVコースのイデオロギーを批判している。この本は、ガテマラの先住民であるアメリカ人女性の半生を描いた物語である。両親を無残に殺された彼女は反乱の道を歩み、徐々に極端な急進派となっていった。

リゴベルタは、自身を南米のアメリカインディアン運動と重ね合わせるようになった。彼女は自分たちの権利を主張し、一方で欧米の影響を受けたラテン文化を否定した。彼女は最初にフェミニストになり、次に社会主義者となり、最後にマルクス主義者となった。彼女の本によれば、最終的に彼女はパリの人民戦線に参加し、10代のブルジョアジーや火炎瓶について議論するようになった。彼女の本の最終章のテーマは「結婚と母性を放棄するリゴベルタ」である。【43】

「ポリティカル・コレクトネス」によってアメリカの大学から古典学問が排除された。それにより、さまざまな有害な結果が生じた。そのうちのいくつかを下記に挙げる。

第一に、内容が浅く低品質な革命物語や被害者文学が、永続的で深遠なテーマを含む古典文学に取って代わった。

第二に、この種の文学と古典を比較することは、一見、古典分野にそれらの居場所を与えたように見せ、また学生の心に強烈な印象を与える。これらの平凡な文章と古典を並列することは、古典を矮小化し、相対化する。

第三に、今日、古典文学は、批判理論、文化学、アイデンティティー政治、ポリティカル・コレクトネスの視点から分析されている。学者たちは熱心にシェークスピア劇に隠された人種差別や性差別、また登場人物たちの隠れた同性愛傾向などを研究し、古典作品を歪め、貶めている。

第四に、学生たちは高貴で偉大な人物に対してもこれらの歪んだ人格をあてはめ、古典に描かれている道徳的な教訓を信じない。代わりに、彼らは英雄たちを否定的な、皮肉の目で観察する。

伝統的な文学教育において、古典の主なテーマは普遍的な愛、正義、忠義、勇気、自己犠牲の精神などの道徳的価値観である。歴史の授業で大切なのは、建国における主要な出来事や国家の発展、さらに根底にある価値観を伝えることである。

西洋文明の古典はほぼ全てがヨーロッパ人によって書かれたため、左翼は多文化主義やフェミニズムを掲げて、女性や有色人種による作品も読むべきだと主張する。歴史の授業では、国家の歴史をすべて暗黒であると決めつけ、奴隷や女性、その他の少数民族に対する搾取であると位置づける。その目的は、伝統的な遺産を掘り起こすことではなく、女性や少数民族に対する罪悪感を植え付けるためである。

私たちが存分に読書することができる時間は限られている。教育機関が故意に「政治的に正しい」本を読むことを強調すれば、それだけ人々が古典に親しむ時間がなくなる。その結果、学生たちは自分たちの文化の源に触れることがなくなる。特に、人々は宗教信仰を基礎とする文化と、それを伝えた価値観から離れていく。それぞれの文化と人種は神から由来している。それは多様かもしれないが、混ぜてはいけない。文化をどれもこれも一緒にすることは、人種と、人種が属する文化の絆を断ち切ることである。つまり、人間と文化の創造主である神々との絆を破壊することである。

g. 教科書と人文科学(リベラル・アーツ)を占拠する

経済学者のポール・サミュエルソン(Paul Samuelson)は、教科書が持つ力について語っている。「私は、誰が国家の法律を書こうが(あるいはこの進んだ契約を作り上げようが)気にしない。もし私がこの経済学の教科書を書けるのであれば」【44】。大量に発行される教科書は学問の権威として学生たちにとてつもない影響を与える。教科書の作り手は、若く柔らかい学生たちの頭脳を自由に作り替えることができる。

終身雇用の特権を持つ急進的な教授たちは、大学の出版事務所や委員会で多大な影響力を持つ。彼らは自分のイデオロギーに溢れた教材を使い、学生たちにその思想を注ぎ込む。ある学術分野では、教授が推薦する本は他の分野に比べてかなり多くのマルクスの本が含まれている。上記に述べたハワード・ジンの著書『民衆のアメリカ史』は、多くの歴史学、経済学、文学、女性学の必読書とされている。

いったん左翼が多数派を占めると、ピア・レビューと呼ばれる査読(論文を出版する前に、その内容を同専門分野に関して権威ある研究者によって評価、訂正する制度)を通じて、異なる見解を示す人々が抑圧される。左翼イデオロギーに挑戦するような論文は、左翼とその同僚たちから弾かれてしまう。

多くの人文科学系の学術誌は批判理論と不明瞭な専門用語に溢れているが、その主なテーマは神と伝統文化の否定、革命の扇動、現行の社会、政治、経済秩序の転覆である。すべての伝統的な道徳と規範、また科学の発展は社会構造の産物であり、その目的は支配階級が彼らの慣習を強制するためであると結論づける研究分野もある。

1996年、ニューヨーク大学の物理学教授アラン・ソーカル(Alan Sokal)は、デューク大学が発行する文化学評論誌「ソーシャル・テキスト」(Social Text)に論文を発表した。論文のテーマは「境界を侵犯すること:量子重力の変換解釈学に向けて」(Transgressing the Boundaries: Towards a Transformative Hermeneutics of Quantum Gravity)で、「量子重力」が社会と言語で成り立つと主張し、109の脚注と219の参照文献を表示している。【45】

論文が掲載されたその日、ソーカルはそれが単なるデタラメを並べただけの疑似論文であることを告白した。彼は、ソーシャル・テキストに携わる編集者たちの鑑識眼を試したかったのだという。【46】

アメリカのラジオ番組「All Things Considered」で行われたインタビューで、ソーカルは1994年出版の本『(仮題):高等な迷信』(Higher Superstition)から啓発を受けたと語っている。この本によれば、一部の人文科学は「適切な左翼思想」が混入され、著名な左翼思想家の言葉が引用されていれば、なんでも本として出版されるという。ソーカルは、自身の論文を左翼イデオロギー、要領を得ない引用、無意味な言語で埋め尽くし、人文科学の研究者たちを試したかったのだと語った。【47】

ソーカルは後に、書いている。「私の小さな実験によって、少なくとも明らかになったことがある。それは、一部で流行しているアメリカ学術界の左翼たちは、知的に怠けているということだ。『ソーシャル・テキスト』の編集者が私の論文を気に入ったのは、結論が「ポストモダン科学の内容と方法論が、進歩的な政治プロジェクトに力強い知的支援を与えた」というものだったからだ。彼らは明らかに、証拠の質や主張の説得力、主張が結論に関連づいているか、などについて分析する必要性を感じていなかったようだ」。【48】ソーカルの風刺的なやり方は、批判理論とカルチュラル・スタディーズ(文化を学際的立場から批判的に研究する学問)が、学問の基本原則である信ぴょう性に欠けることを暴露したといえる。

過去十数年間にアメリカで開かれた大規模な学会のテーマを見ると、共産主義が社会科学にかなり浸透していることが分かる。中でも最大規模の組織は2万5千人の協会員を擁する米国現代語学文学協会(The Modern Language Association)で、教授や学者を含む1万人以上が年次総会に出席する。

同協会のウェブサイトに掲載された論文は、主にマルクス、フランクフルト学派、脱構築、ポスト構造主義などの逸脱した理論を適用している。その他にも、フェミニズム、同性愛研究、アイデンティティー政治、またはその他の人種問題などが主な論文の枠組みである。アメリカ社会学会(the American Sociological Association)などの似たような組織も、程度は異なるが、同様のイデオロギーを取り入れている。

アメリカの大学はリベラル・アーツ(人文科学)教育の伝統があり、一部の人文科学の科目は専攻に関わらず必修である。今日、必修コースを教えるのは主に文学、歴史、哲学、社会科学の教授たちである。アメリカの経済学者トーマス・ソウェル(Thomas Sowell)によれば、往々にして教授たちは彼らの左翼イデオロギーを授業で拡散するが、必修科目という名前が示すように、学生たちに選択肢はない。教授は自分の見解を受諾したかどうかで学生の成績を決めることができる。【49】マルクス主義の見解を持った人文科学や社会科学の教授たちが汚染するのは、その分野を学ぶ学生たちだけでなく、学生全体である。

大学生は背伸びしたがる年頃だが、彼らの知識と人生経験は往々にして未熟である。大学という閉ざされた環境の中で、尊敬する教授たちが若者の純粋さや素直さにつけ込み、完全に誤った、毒のあるイデオロギーを吹き込んでいるなどと思う学生はほとんどいないだろう。両親は、将来子どもたちが社会でやっていけるようにと高い授業料を支払う。しかし、実際、子どもたちは大事な数年間を奪われ、急進的なイデオロギーの追随者になるよう教育されている。それが子どもの人生全般に影響を与えるかもしれないなどと、いったい誰が気づくだろうか?

共産邪霊によって汚染された教育制度に、若い世代が続々と入ってくる。彼らは左翼によって書かれた教科書を勉強し、逸脱した理論を吸収していく。その結果、文化、道徳、人間性の破壊が加速していく。

h. 「再教育」する大学:洗脳と道徳の堕落

1980年代以降、全米の大学にマルクスのイデオロギーが広まるにつれ、キャンパスでは「攻撃的な」言葉、特に女性や少数民族を傷つける言葉が避けられるようになった。アメリカの学者ドナルド・ダウンズ(Donald Downs)によると、1987~92年にかけて、全米のおよそ300の大学が言論規制を導入し、敏感なグループや議題について攻撃的と受け取られる言葉を禁じる副次的な法制度を設けたという。【50】

言論規制に賛成する人の意図は善意だったかもしれないが、その結果は際限のない馬鹿げたクレーム競争だった。人々は、どんなささいな言葉にもケチをつけるようになった。実際、法律ではそのような権利は存在しないが、カルチュラル・マルクス主義(文化は資本主義社会が押し付けたものとする考え方)の流行により、誰もが自分は抑圧されていると主張するようになった。抑圧されている理由は、文化、祖先、肌の色、性別、性的嗜好などさまざま。大学側は、被害者だと主張する人たちに対して、一貫して特別待遇を与えなければならない。

マルクスの理論によれば、抑圧されている人はどんな場合でも道徳的に正しい。そのため、被害者と主張する人たちの信ぴょう性に、疑問を投げかける人は少ない。この愚かな論理は歪んだ道徳基準から生まれた。グループのアイデンティティーや情緒が激化すると、(レーニンやスターリンは、これを高いレベルの階級意識と呼んだ)人々は無意識に伝統的な善悪の基準を放棄し、集団心理に左右されてしまう。これが如実に現れているのが、共産主義国家である。プロレタリアートは「抑圧されている」のだから、「抑圧している」地主や資本家たちを殺しても構わないのである。

攻撃的、あるいは差別的であると任意に言語を批判する流行は、カルチュラル・マルクス主義の学者たちから生まれた。彼らは差別に対する定義を広げ、新しい一連の概念を作り上げた。その中の一部は「自覚なき差別」(microaggressions)、「事前警告」(trigger warnings)、「差別や攻撃的な発言に直面することのない場所や状況」(safe spaces)などである。大学側は、感受性やダイバーシティ(多様性)に対応するための政策や義務訓練を導入している。

「自覚なき差別」(microaggressions)とは、日々の生活の中で、「差別者」が、悪意がないにも関わらず相手を傷つけてしまう可能性を持つ言動または行動をすることである。この種の無意識な差別あるいは無知を「無神経」と呼ぶ(レーニンやスターリンはこれを低い社会認識とみなすだろう)。感受性訓練は、新入生にとって主要なオリエンテーションの一部である。大学は、「自覚なき差別」の法則に違反しないように、言ってはいけない言葉、着てはいけない服などを学生たちに教える。

ある大学のキャンパスでは、「自覚なき差別」にあたるとして「アメリカへようこそ」と言うこともできない。この言葉が、ネイティブ・アメリカン(アメリカの先住民族)やアフリカ人、日本人、中国人など歴史的に抑圧されてきた人々を刺激する可能性があるからだ。祖先が被った屈辱的な歴史を思い起こすというのである。

以下は、カリフォルニア大学が列挙した「自覚なき差別」にあたる言葉である。「アメリカは人種のるつぼである」(人種差別にあたる)「アメリカはチャンスに満ちた土地です」「男性と女性は同じ成功のチャンスがあります」(性別や民族による不平等を無視している)。【51】「自覚なき差別」は大学運営における主要な訓練となった。

典型的な例としては、インディアナ州パデュー大学における「自覚なき差別」事件である。ある白人学生は、『ノートルダム対クラン:いかに戦うアイルランド人がクー・クラックス・クランを打倒したのか』(Notre Dame vs. the Klan: How the Fighting Irish Defeated the Ku Klux Klan)という本を読んでいたために、人種ハラスメント条例に違反してしまった。本のカバー写真にあるクー・クラックス・クラン(KKK)の集会の様子が、同僚の学生を刺激したのである。大学側はその学生が人種差別の学則に違反したと主張した。学生は反論し、またその他のグループからの助けにより、パデュー大学は学生が無実であることをしぶしぶ認めた。【52】

感受性訓練とダイバーシティ(多様性)訓練は、旧ソ連や現在の中国で行われている再教育プログラムと本質的に同じである。再教育の目的は、階級意識を強めることである。「ブルジョアジー」と「地主階級」(つまり白人男性)は、自分たちが支配階級であるという罪を自覚し、「ブルジョアジー」に対する「正しい」認識を持たなければならない。彼らは「内在化された抑圧」を取り除き、彼らが置かれている優位な立場に気づくようプレッシャーをかけられる。これは、フェミニズムが、伝統的な女性らしさは父系社会構造の産物だと教育するやり方と同じである。

マルクスが主張した階級に続き、「個人的なことは政治的なこと」(the personal is political)というスローガンが続いた。これは、問題を抑圧する側から理解することは間違っていると主張するものである。マルクス主義に従って世界を見る時、階級による抑圧や階級闘争を否定するような言葉や行為は厳しく罰しなければならない。感受性訓練は「社会的不公正」を暴き、「抑圧されているグループ」(女性、少数民族、同性愛者など)の立場を新たに設定したのである。

例えば、2013年、ノースウェスタン大学(Northwestern University)は、ダイバーシティ・コースを学生に履修することを義務付けた。大学側の説明によると、コースを履修した生徒は「批判的に思考する能力を高め」(階級の分類方法を学べる)「不公平な制度の中で自分の立場を認識し」(階級の構成要素を理解し)、自分の「権利と特権を考え直す」ことができる(自分たちを抑圧者の見地から考える)という。【53】

また、2007年にデラウェア大学で始まったイデオロギーの再教育プログラムも典型的な例である。誤った行為や信念を「治療する」と力説するこのプログラムは、7千人の生徒を対象とする必修コースである。このコースの公式目標は、学生たちに、政治、人種、性別、環境問題に対する設定された認識を受け入れさせることである。

大学のレジデント・アシスタント(RA, 寮生活を助ける上級生)たちは、個々の学生たちと面接し、質問をする。中身は、どのような人種の人とデートしたいかなどで、自分が所属するグループ以外の人との付き合いを促すことを目的としている。ある女子学生は性別アイデンティティーと肉体が異なることについて質問されると、それはレジデント・アシスタントには関係ないと反発した。すると、アシスタントは、すぐに彼女のことを大学側に報告したという。【54】

このような大規模な政治教化は、道徳や価値観の基準を混乱させるばかりでなく、エゴや個人主義を激しく増長させる。若い学生たちが学ぶことは、極めて政治的に敏感なグループ(アイデンティティー政治)を認識し、自分の欲望を追及することである。自分は抑圧されているグループに属していると主張するだけで、他人を批判し、利益を享受することができる。もし彼らに異見を唱えたならば、違反行為となり、大学側に報告されてしまうこともある。つまり、この形で、人々の言論の自由を奪っている。保守的な学生が運営する新聞の内容が気に入らなければ、それを焼いてしまうことも厭わないのである。

「傷つけられた」と感じるかどうかは、主観的な問題である。しかし、時に主観的な感覚が客観的な証拠としてまかり通る。大学教授たちは、常に重要なポイントを避け、遠回しな言い方をするようになった。最近では、多くの大学生たちは教師たちに「事前警告」することを要求している。ある議論のテーマや資料が、一部の学生にとって敏感な内容であるかもしれないというのである。最初の数年間、シェークスピアの『ベニスの商人』や古代ローマ詩人オウィディウスの『変身物語』でさえも、事前警告が必要な文学に挙げられていた。一部の大学は、学生の感情を傷つけるような作品はなるべく避けるべきだと提唱している。【55】

このような環境で育った学生は、自分のエゴが簡単に傷つけられ、また何があっても傷つくことを回避しようとするだろう。キャンパスで植えつけられるグループ・アイデンティティー(集団同一性)という考え方(つまり、共産主義者が言う「階級意識」の現代版)は、学生たちを愚かにする。独立した考えもなく、責任感もない無知な学生を産出するのである。現在の教授たちが1960年代に急進的な学生だったように、今の学生たちは反伝統的である。彼らは乱れた性行為、アルコール、麻薬に溺れている。彼らの言語には意味のない罵り言葉が溢れている。しかし、彼らの傲慢な態度の裏には、傷つきやすい心と魂が隠れている。彼らはちょっとした打撃や挫折にも耐えられず、ましてや真の責任感を持つことなどできない。

伝統的な教育では、克己(自制)、自立、責任感、他人を思いやる心を養った。共産邪霊が望むのは、次世代の人間が道徳基準を完全に放棄することである。それは、自分の手先を増殖し、世界を支配するためである。

Chapter ElevenChapter Twelve (Part II)

参考文献

[1] 類似の報道が多くある。例えば、https://www.thedailybeast.com/elite-campuses-offer-students-coloring-books-puppies-to-get-over-trump; http://college.usatoday.com/2016/11/15/heres-how-universities-are-offering-support-to-students-after-trumps-election/.

[2] Elizabeth Redden, 「Foreign Students and Graduate STEM Enrollment,” Inside Higher Ed, October 11, 2017, https://www.insidehighered.com/quicktakes/2017/10/11/foreign-students-and-graduate-stem-enrollment.

[3] G. Edward Griffin, Deception Was My Job: A Conversation with Yuri Bezmenov, Former Propagandist for the KGB, American Media, 1984.

[4] Scott Jaschik, “Professors and Politics: What the Research Says,” Inside Higher Ed, February 27, 2017, https://www.insidehighered.com/news/2017/02/27/research-confirms-professors-lean-left-questions-assumptions-about-what-means.

[5] 同上。

[6] 同上。

[7] 同上。

[8] “The Close-Minded Campus? The Stifling of Ideas in American Universities,” American Enterprise Institute Website, June 8, 2016, https://www.aei.org/events/the-close-minded-campus-the-stifling-of-ideas-in-american-universities/.

[9] Quoted in Fred Schwartz and David Noebel, You Can Still Trust the Communists…to Be Communists (Socialists and Progressives too) (Manitou Springs, CO: Christian Anti-Communism Crusade, 2010), 2-3.

[10] 參見Zygmund Dobbs, Keynes at Harvard: Economic Deception as a Political Credo. (Veritas Foundation, 1960), Chapter III, “American Fabianism.”

[11] Quoted in Robin S. Eubanks, Credentialed to Destroy: How and Why Education Became a Weapon (2013), 26.

[12] Quoted in Walter Williams, More Liberty Means Less Government: Our Founders Knew This Well (Stanford: Hoover Institution Press, 1999), 126.

[13] David Macey, “Organic Intellectual,” The Penguin Dictionary of Critical Theory(London: Penguin Books, 2000), 282.

[14] 馬克思:〈關於費爾巴哈的提綱〉(中文馬克思主義文庫)。

[15] Bruce Bawer, The Victims’ Revolution: The Rise of Identity Studies and the Closing of the Liberal Mind (New York: Broadside Books, 2012), Chapter 1.

[16] 同上。

[17]  Franz Fanon, The Wretched of the Earth, trans. Constance Farrington (New York: Grove Press, 1963), 92.

[18] Jean Paul Sartre, “Preface,” The Wretched of the Earth by Franz Fanon, 22.

[19] Roger Kimball, Tenured Radicals: How Politics Has Corrupted Our Higher Education, revised edition (Chicago: Ivan R. Dee, 1998), 25-29.

[20] Jonathan Culler, Literary Theory: A Very Short Introduction (Oxford: Oxford University Press, 1997), 4.

[21] Fredrick Jameson, The Political Unconscious: Narrative as a Socially Symbolic Act (Ithaca, NY: Cornell University Press, 1981), Chapter 1.

[22] Quoted in Roger Kimball, “An Update, 1998,” Tenured Radicals: How Politics Has Corrupted Our Higher Education, 3rd Edition (Chicago: Ivan R. Dee, 2008), xviii.

[23] 馬克思:《德意志意識形態》(中文馬克思主義文庫)。

[24] “Most Cited Authors of Books in the Humanities, 2007,” Times Higher Education, https://www.uky.edu/~eushe2/Bandura/BanduraTopHumanities.pdf.

[25] Joshua Phillip, “Jordan Peterson Exposes the Postmodernist Agenda,” The Epoch Times, June 21, 2017, https://www.theepochtimes.com/jordan-peterson-explains-how-communism-came-under-the-guise-of-identity-politics_2259668.html.

[26] Quoted in Roger Kimball, “The Perversion of Foucault,” The New Criterion, March 1993, https://www.newcriterion.com/issues/1993/3/the-perversions-of-m-foucault.

[27] David Horowitz and Jacob Laksin, One Party Classroom (New York: Crown Forum, 2009), 51.

[28] David Horowitz and Jacob Laksin, One Party Classroom, 51-52.

[29] Bruce Bawer, The Victims’ Revolution: The Rise of Identity Studies and the Closing of the Liberal Mind, Chapter 3.

[30] David Horowitz and Jacob Laksin, One Party Classroom, 3.

[31] David Horowitz, The Professors: The 101 Most Dangerous Academics in America(Washington D.C.: Regnery Publishing, Inc., 2013), 84-85.

[32] David Horowitz and Jacob Laksin, One Party Classroom, 212.

[33] David Horowitz, Indoctrinate U.: The Left’s War against Academic Freedom(New York: Encounter Books, 2009), Chapter 4.

[34] 同上。

[35] David Horowitz and Jacob Laksin, One Party Classroom, 1-2.

[36] http://www.azquotes.com/author/691-Bill_Ayers.

[37] David Horowitz, The Professors: The 101 Most Dangerous Academics in America, 102.

[38] David Horowitz and Jacob Laksin, One Party Classroom, 116.

[39] “Who Won the Civil War? Tough Question,” National Public Radio, November 18, 2014, https://www.npr.org/sections/theprotojournalist/2014/11/18/364675234/who-won-the-civil-war-tough-question.

[40] “Summary of Our Fading Heritage: Americans Fail a Basic Test on Their History and Institutions,” Intercollegiate Studies Institute Website, https://www.americancivicliteracy.org/2008/summary_summary.html.

[41] “Study: Americans Don’t Know Much About History,” July 17, 2009, https://www.nbclosangeles.com/news/local/Study-Americans-Dont-Know-About-Much-About-History.html.

[42] Howard Zinn, A People’s History of the United States (New York: HarperCollins, 2003).

[43] David Horowitz, The Professors: The 101 Most Dangerous Academics in America, 74.

[44] Dinesh D’ Souza, Illiberal Education: The Politics of Race and Sex on Campus(New York: The Free Press, 1991), 71.

[45] Paul Samuelson, “Foreword,” in The Principles of Economics Course, eds. Phillips Saunders and William B. Walstad (New York: McGraw-Hill College, 1990).

[46] Alan D. Sokal, “Transgressing the Boundaries: Toward a Transformative Hermeneutics of Quantum Gravity,” Social Text No. 46/47 (Spring – Summer, 1996), 217-252.

[47] Alan D. Sokal, “A Physicist Experiments with Cultural Studies,” Lingua Franca (June 5, 1996). Available at http://www.physics.nyu.edu/faculty/sokal/lingua_franca_v4/lingua_franca_v4.html.

[48] Alan D. Sokal, “Parody,” All Things Considered, National Public Radio, May 15, 1996, https://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=1043441.

[49] Alan D. Sokal, “Revelation: A Physicist Experiments with Cultural Studies,” in Sokal Hoax: The Sham That Shook the Academy, ed. The Editors of Lingua Franca (Lincoln, NE: University of Nebraska Press, 2000), 52.

[50] Thomas Sowell, Inside American Education: The Decline, The Deception, The Dogma (New York: The Free Press, 1993), 212-213.

[51] Donald Alexander Downs, Restoring Free Speech and Liberty on Campus(Oakland, CA: Independent Institute, 2004), 51.

[52] Eugene Volokh, “UC Teaching Faculty Members Not to Criticize Race-based Affirmative Action, Call America ‘Melting Pot,’ and More,” The Washington Post, June 16, 2015, https://www.washingtonpost.com/news/volokh-conspiracy/wp/2015/06/16/uc-teaching-faculty-members-not-to-criticize-race-based-affirmative-action-call-america-melting-pot-and-more/?utm_term=.c9a452fdb00f.

[53] “Victory at IUPUI: Student-Employee Found Guilty of Racial Harassment for Reading a Book Now Cleared of All Charges,” Foundation for Individual Rights in Education, https://www.thefire.org/victory-at-iupui-student-employee-found-guilty-of-racial-harassment-for-reading-a-book-now-cleared-of-all-charges/.

[54] “Colleges Become Re-Education Camps in Age of Diversity,” Investor’s Business Daily,  https://www.investors.com/politics/editorials/students-indoctrinated-in-leftist-politics/.

[55] Greg Lukianoff, “University of Delaware: Students Required to Undergo Ideological Reeducation,” Foundation for Individual Rights in Education, https://www.thefire.org/cases/university-of-delaware-students-required-to-undergo-ideological-reeducation/.

[56]Alison Flood, “US Students Request ‘Trigger Warnings’ on Literature,” The Guardian, May 19, 2014, https://www.theguardian.com/books/2014/may/19/us-students-request-trigger-warnings-in-literature.

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